論文紹介 2024.01.25
事故や病気などで脊髄に損傷を起こし、男性が脊損状態になってしまった場合のトラブルとして排尿、排便に加え勃起、射精の問題があります。さらに16-30歳の脊損患者の80%以上が男性と言われ、脊損の男性に対する対策は重要になってきます。1)
脊損が起こってしまうと、基本的に完全に元に戻ることは難しく、その後の体の状態と付き合っていかなければなりません。排尿排便は腹圧排尿や導尿、便秘薬、摘便などで対応します。性機能については勃起や射精が難しくなることが多いです。勃起が不十分ならバイアグラなどのPDE5阻害薬が役に立つ場合もありますし、効果がない場合は陰茎海綿体注射などで勃起を起こす手もあります。
特に射精が難しくなると男性の不妊症になります。それに加え、射精を長期間しないことや、炎症や尿路感染を起こしやすいこと、また座り続けることによる温度や血流の問題などで脊損の方の精巣の機能は落ちていき、いずれは非閉塞性無精子症(精巣内で精子が作られない状態)になってしまう方もいらっしゃいます。1)2)
また、脊損は首に近い損傷の方が障害部位が増えます。男性生殖能力に関しては、特に 胸椎10番より上位の損傷は、下位の損傷と比較して生殖能力に対してより顕著な影響をもたらすことが多いとされています。これは勃起や射精をつかさどる神経が胸椎11番より下位にあるためです。
現在、不妊治療はさまざまな方法で行われており、精子と卵子を採取して受精させる体外受精、顕微授精が盛んにおこなわれています。これらを用いることで脊損の男性から精子が採取できれば、女性の採卵を行うことで子供を得られるチャンスがあります。ただしこれらの方法も万能ではなく、治療成績には精子の質もかかわってきます。
脊損があっても射精ができる場合は、無精子症でなければその精子を使って妊娠を目指すことは可能です。しかしながら、脊損男性の精液には活性酸素が多く含まれ、それが精子を傷害していると言われます。3) この原因ははっきりとはしていませんが、脊損によって起こる様々な弊害が原因と言われています。
精液と精子は射精する瞬間に尿道で混ざって出てくるので、精子の数が十分で射精が出来る方に関しては、人工受精、体外受精などの方法をとる場合、採取したら素早く処理をすることが肝要になります。
射精ができない状態では精子を回収する方法が限られます。海外では電気刺激により射精させ精子を回収する方法をとる病院もありますが、特殊な器具が必要であり、ごく限られた病院でのみ行われているようです。強いバイブレーター(肩のマッサージ器など)を陰茎の尿道側に長時間当てることで射精が起こる方もいらっしゃいます。
それでも射精できない方は精巣を切って精子を回収する必要があります。射精ができないだけなので、精巣内での精子形成は普通に行われているように思われますが、やはり時間経過とともに問題が起こってきます。
長期に脊損状態は精巣に悪影響を及ぼし、非閉塞性無精子症になる症例もあります。損傷後平均8年経過した脊損男性に対して50件の精巣生検を実施した報告では、50例の精巣生検のうち 43例で成熟精子が確認されたものの、正常な精子形成があったのは 28例で、15例は精子形成不全、精子がとれなかったうち6例は成熟停止、1例は精子になる細胞自体が枯渇している状態であったとしています。4)
ここで問題なのは7例に精子が認められなかったことで、通常の無精子症が100人に1人とされていることと比較すると脊損は無精子症のリスクが非常に高くなると考えていいと思います。また、受傷からの期間が長い症例ほど精子回収率が低くなる傾向が見られたとの報告もあります。この報告では受傷後12年を超えると精子回収率が下がるとしています。
いくつかの文献を見ていると、時間経過とともに射精が困難な方のうち2割程度が重度の男性不妊症になるようです。次のコラムでは対策をどのようにとっていくのが望ましいか説明したいと思います。
1)Anderson R, Moses R, Lenherr S, Hotaling JM, Myers J. Spinal cord injury and male infertility-a review of current literature, knowledge gaps, and future research. Transl Androl Urol. 2018 Jul;7(Suppl 3):S373-S382. doi: 10.21037/tau.2018.04.12. PMID: 30159244; PMCID: PMC6087847.
2)Wieder JA, Lynne CM, Ferrell SM, Aballa TC, Brackett NL. Brown-colored semen in men with spinal cord injury. J Androl. 1999 Sep-Oct;20(5):594-600. PMID: 10520571.
3)Patki P, Woodhouse J, Hamid R, Craggs M, Shah J. Effects of spinal cord injury on semen parameters. J Spinal Cord Med. 2008;31(1):27-32. doi: 10.1080/10790268.2008.11753977. PMID: 18533408; PMCID: PMC2435039.
4)Elliott SP, Orejuela F, Hirsch IH, Lipshultz LI, Lamb DJ, Kim ED. Testis biopsy findings in the spinal cord injured patient. J Urol. 2000 Mar;163(3):792-5. PMID: 10687979.
診療科目:婦人科・泌尿器科(生殖補助医療)
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