医療コラム

糖尿病の生殖能力への影響

前回、糖尿病は各種の細胞にダメージを与えると書きましたが、生殖能力に関しては大きく分けて3つの問題が起こります。

1. 勃起障害：血管や神経の機能が落ちることによって、勃起が悪くなる

2. 射精障害：射精の際の神経の調律がうまくいかないことによる逆行性射精、射精消失

3. 精巣の細胞のダメージや、下垂体や精巣関連のホルモンの乱れによる精子形成の低下

１と２は性機能障害に分類されます。3は造精機能障害となります。長くなっていしまうので、今回は1と2について解説します。
これらの問題は合併して起こることも多く、不妊治療に様々な問題を起こします。

勃起障害(ED)

陰茎はほとんどの部分が血管と神経で構成されています。勃起の際に膨らむのは海綿体であり、海綿体は毛細血管の塊です。脳で感じた刺激を神経を介して陰茎に届け、勃起のコントロールをしています。
コントローラーが脳、ケーブルが神経、動く機械が陰茎(海綿体)という風に思えばわかりやすいかもしれません。
糖尿病は神経と血管内皮細胞に障害を起こしやすく、陰茎にはダブルパンチで障害が起こります。血管が固くなることで、海綿体は膨らみにくくなり、さらに刺激を伝える神経も、弱い刺激しか伝えられなくなります。そのためEDは糖尿病の初期症状と言われ、急に勃起が悪くなった方は一度糖尿病の検査を行った方がいいと考えられます。

射精障害・逆行性射精

更に神経障害が進むと、うまく射精が出来なくなります。
射精は実は結構大変な工程を経ており、勃起をさせる副交感神経に対し、射精は交感神経が支配しています。
少し詳しく書くと、(図を載せたいのですが版権の関係で困難でした。すいません。)
①精嚢(精液の溜まっている袋)と精管(精子が通る管)が縮んで前立腺へ精液が送られる
②精液が膀胱に逆流しないように、膀胱の出口が締まる
③精液が尿道に押し出される
の手順が必要になります。
この作業が良いタイミングで行われることで、尿ではなく、精液が尿道から出てきます。
糖尿病になると、これらの調律がうまくいかなくなり、タイミングがずれたり、一部動かなかったりして、射精がうまくいかなくなります。例えば②の工程が不十分ですと、精液は膀胱に流れ込んで尿と混ざってしまいます。これが逆行性射精と呼ばれる現象です。さらに動かないところが増えてくると、膀胱にも射精されなくなり、射精感はあるものの無射精になってしまいます。

糖尿病で性機能障害になったらどうすればいいか

まずはEDですが、バイアグラなどのPDE5阻害薬が効果があります。様々な報告がありますが、糖尿病性EDの方にはおおよそ60％程度の有効性があるとされています。1)　またPDE5阻害薬の精液への移行はほとんどなく(投与量に対して0.0002％未満)、胎児やパートナーへの影響もないと考えていいと思います。2)　そのためこれらの薬は妊活時に使っても問題ありません。
射精障害は、以前はアモキサンという抗うつ薬が有効でした。この薬の副作用で尿道を締める作用があり、それを利用して射精が改善する方がいました。残念ながらこの薬は今は販売されておらず、トフラニールという同系統の薬が使われています。こちらも有効な方もいますが、アモキサンに比べると効果はやや劣ります。
また逆行性射精は膀胱に射精されると書きましたが、尿の中に精子がいれば、その精子を回収して不妊治療ができる場合があります。検査としては、射精感があった後の尿を採取して、精子がいるかどうか調べます。この方法は精子が尿に触れてしまうため、精子のダメージが起こることがあり、不妊治療の成績が芳しくない場合は、ほかの方法で精子をとることになる場合もあります。
トフラニールの内服で射精がでず、尿中の精子もいない場合や、前述の尿中精子での不妊治療がうまくいかない場合、精巣を小さく切開して、精巣の組織から精子を回収するSimple TESEという手術を行うことになります。この場合、奥様は採卵して顕微授精が必要になります。
しかしながら、糖尿病が重い場合は手術の後の感染のリスクも上がるため、厳格な血糖コントロールが必要です。手術に際しては、HbA1cを7以下まで下げることを当院では推奨しております。

糖尿病のコントロールが重要

EDも射精障害も、糖尿病のコントロールがつくと改善してくる方もいらっしゃいます。一度悪くなったとあきらめずに頑張って血糖コントロールすることで薬が良く効くようになる場合もあります。
健康寿命を延ばし、快適な生活を送るためにも、健診などの定期的な検査と継続した治療をお勧めいたします。

1)　Safarinejad MR. Oral sildenafil in the treatment of erectile dysfunction in diabetic men: a randomized double-blind and placebo-controlled study. J Diabetes Complications. 2004 Jul-Aug;18(4):205-10. doi: 10.1016/S1056-8727(03)00056-4. PMID: 15207837.
2)　バイアグラ錠のインタビューフォーム