論文紹介 2025.02.04
2022年の不妊治療保険診療化に伴い、病院で行う不妊治療は「一般不妊治療」と「生殖補助医療」の2系統に分かれました。一般不妊治療はタイミング法と人工授精(AIH)、生殖補助医療は体外受精(IVF)、顕微授精(ICSI)です。
今回は、最もライトな不妊治療として認識されているタイミング法が本当に簡単な方法なのか、男性不妊と性機能の観点から論文を紹介しながら述べたいと思います。
病院で卵胞の確認をしつつ、卵胞発育や排卵を促す薬を使いながら、妊娠するタイミングの日に、自分たちで性交渉を行うやり方です。原因不明の不妊患者において、タイミング法による月経周期あたりの妊娠率は初回は約5%とされ、累積妊娠率は6ヶ月でおよそ50%、24ヶ月ではおよそ60%と横ばいとなるとされています。1)
また、決まった日に性交渉をする必要があるため、EDや、意欲障害、射精障害、性交痛などがある方はバイアグラなどのPDE5Iを使用するなど、医療的な介入が必要になることがあります。また、普通の時は問題なくても、「この日ね!!」といわれるとプレッシャーでうまくいかないタイミングEDを訴える方も少なくありません。
今回紹介する論文は論文は中国の吉林大学のものです。大学勤務時代の2015年頃だったと思いますが、吉林の性機能研究会の立ち上げの会に招待されて、伺ったことのある大学です。北朝鮮の北部に位置し、満州国、愛新覚羅溥儀など日本にも関係の深い場所でした。
この論文では不妊カップルの初診時に男性へ勃起機能や早漏、不安神経症の問診表をとっています。患者は初めて不妊治療の相談をする患者で、他の病院で治療などは受けていません。その患者を1年以上妊娠していない「不妊群」、1度以上流産を経験した「流産群」、妊活をして1年以内(問題が起こっていない)の「プレコンセプションケア(PC)群」としています。全員が不妊治療は経験していないので、基本的には性交渉で妊娠をめざしていると考えていいです。
3群間で年齢(平均約32歳)や、BMI、喫煙飲酒の習慣、精巣の所見などには差はありませんでしたが、PC群が有意に精液所見は良い状態でした。これはこれから妊娠していく方も入っているので、当然だと思います。
問題は問診表のスコアの方で、PC群に比べて、不妊群と流産群はEDのスコアは有意に不良でした。EDとされる人の割合は、PC群では9.3%なのに対し、不妊群では30.6%、流産群では27%でした。30代前半でEDの有病率が30%はかなり高い印象です。不安のスコアも差があり、軽度以上の不安がある割合がPC群では6.5%なのに対し、不妊群では24.4%、流産群では25.6%でした。
意識してタイミング法を行っているカップルの割合は、PC群で10%なのに対し、不妊群では19.6%、流産群では17.4%とやはり差がありますが、とくにEDや射精障害のある不妊群や流産群でタイミングをしているカップルの率が40%程度と高く出ていました。
下の図でAは一段目がPC群、2段目から不妊期間が1年・2年と増えていきます。ED(%)と書いているのが、EDと診断された方の割合で、不妊期間と共に増加していくのがわかります。
Bは同様に1段目がPC群、2段目から流産回数が1回・2回と増えていきます。
やはりこちらも回数が増えるごとにEDと診断される方の割合が増えていきます。
この論文ではタイミングをとるときのEDを“situational ED”としています。日本語にすると「状況的ED」です。今回の調査では1カ月間の性交渉の回数が明記されていませんが、不妊や流産経験のあるEDの方は「タイミングをとりがち」=「タイミングしかしない傾向になりがち」という風に解釈されていました。僕の診療をしていての肌感覚としても、妊娠に時間のかかっている方はタイミングだけになっている方が多いように感じます。
この論文では、「タイミング法の失敗は最も一般的な「状況的 ED」につながり、これらの男性の多くは妻の排卵期にのみ ED となり、身体的および心理社会的負担が劇的に増加する」としており、タイミング法の失敗は心身ともに徐々にダメージが蓄積されていくことが想像されます。
やはり、ある程度の期間、性交渉をしていても妊娠しなければ、不妊治療のクリニック相談に行くのがいいと思います。
長くタイミングを行って、毎月「うまくいった」、「いかなかった」と結果を追っていくのはなかなかストレスになることです。そのうち性交渉自体が嫌になってしまうと、解決はさらに難しくなってしまいます。妊娠する力や、健康上の問題などで不妊治療をするだけでなく、自分たちの少し苦手なところを病院に手伝ってもらうのも不妊治療ですし、それは十分治療のコンセンサスはあると考えます。
タイミング法はの妊娠率は、前述したとおり6か月の累積で50%と悪い数字ではなく、先ずは妊娠という時には基本の治療法ということで問題ありません。ですが、長期になると妊娠率の伸びは悪くなります。さらに心身にもダメージが溜まってきます。
下の図は自然妊娠の累積妊娠率を示しています。赤線が1年目、青が2年目、緑が3年目です。急に上がっているところは妊娠が多くある期間なので効率がいいですが、角度が緩くなるとなかなか妊娠しないことになります。2)
この図でも6か月目くらいまでが効率がいいように見えます。
また、5年以上の不妊期間がある男性のうち、15.7%(121人中19人)が不妊の検査を受けたことがなく、この割合は、3回以上流産のあるカップルでも、33.8%(77人中26人)は不妊の検査の経験がなかったとしています。この状況は妊娠への期待値がかなり下がっているのに、対策を取ろうとせず時間を浪費してしまった典型的な状況です。
これらより、自然妊娠を狙って、だいたい半年くらいたっても妊娠しない場合は、一度きちんと2人で不妊クリニックで検査を受け、今後の方針を相談することをお勧めします。
1) Brandes M, Hamilton CJ, van der Steen JO, de Bruin JP, Bots RS, Nelen WL, Kremer JA. Unexplained infertility: overall ongoing pregnancy rate and mode of conception. Hum Reprod. 2011 Feb;26(2):360-8. doi: 10.1093/humrep/deq349. Epub 2010 Dec 16. PMID: 21163857.
1) Yu X, Zhang S, Wei Z, Zhang X, Wang Q. Prevalence of sexual dysfunction among the male populations who seeking medical care for infertility, pregnancy loss and preconception care: a cross-sectional study. Sci Rep. 2022 Jul 28;12(1):12969. doi: 10.1038/s41598-022-17201-3. PMID: 35902712; PMCID: PMC9334580.
2) te Velde ER, Eijkemans R, Habbema HD. Variation in couple fecundity and time to pregnancy, an essential concept in human reproduction. Lancet. 2000 Jun 3;355(9219):1928-9. doi: 10.1016/s0140-6736(00)02320-5. PMID: 10859034.
診療科目:婦人科・泌尿器科(生殖補助医療)
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