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医療コラム

論文紹介 2025.10.14

保険診療で正しい男性不妊治療を 病気のはなし④メンタルの薬と男性不妊の関係性~メンタルの治療と妊活をどう両立させるか~

心の薬と「精子」の関係

不眠やうつ、不安症などの治療で使われる薬には、睡眠薬、抗うつ薬、抗不安薬(いわゆる安定剤)などがあります。アメリカでは人口の15%程度が何らかの心の薬を使用しているというデータもあります。これらの薬は脳内の神経伝達物質を整えることで、気分や睡眠を改善する働きをしますが、同時に「性機能」や「精子」に影響を与える可能性があることが、いくつかの研究で報告されています。
影響がある薬としては、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)と呼ばれるパロキセチン(パキシル)、セルトラリン(ジェイゾロフト)などは、服用中に精子のDNA断片化が増えるという報告があります【Tanrikut 2010】【Akasheh 2014】。
DNA断片化とは以前のコラムでも書きましたが、精子の中の遺伝情報が傷つくことで、受精しても胚の発育がうまく進まない原因となる可能性があります。ただし、薬を中止すると多くの場合は数か月で回復する可逆的な変化です。
また、セルトラリンが精子の運動を制御するCatSperチャネルという構造を阻害し、運動率への影響する可能性も報告されています【Rahban 2021】。
スルピリド(ドグマチール)も高プロラクチン血症を起こしてしまうと精子や性機能への影響が起こりうる薬剤です【Revenig 2014】。

すべての心の薬が悪いわけではない

一方で、すべての抗うつ薬が精子に悪影響を与えるわけではありません。たとえばセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)のデュロキセチン(サインバルタ)では、6週間の投与で精液所見やホルモンに明らかな悪化はみられなかったという報告もあります【Punjani 2021】。薬の種類や用量、服用期間によって影響は大きく異なり、「個人差が大きい」という点も重要です。
古くから使われているベンゾジアゼピン系の抗不安薬は、古い研究で「染色体の異常(異数性)」を示す報告がありましたが、臨床的には高用量・長期使用時の話であり、一般的な治療量での確実な悪影響は証明されていません【Baumgartner 2001】。また、ゾルピデム(マイスリー)などの睡眠薬についても、ヒトでの妊孕性に関する信頼できるデータはまだ少なく、現時点では明確な不妊リスクは確認されていません【Karimi 2025】。

不妊治療に使われる心の薬

以前から一部の心の薬は不妊治療に使用されます。
代表的なものは逆行性射精に使用される三環系抗うつ薬と早漏に使われるパロキセチン(パキシル)です。これらの薬の副作用を用いて不妊治療に役立てていますが、特にパロキセチンは前項で影響がありうるとしています。
しかしながどちらも単発での使用や長くても1-2週間の使用となりますので、精子形成から考えても、影響はほぼないか最低限と考えます。男性不妊外来などで処方されている方もいるかと思いますが、あまり気にせず使っていただいていいかと思います。気になる方はご相談ください。

「薬を飲んでいる=精子が悪くなる=妊娠しない」はあまりにも性急すぎる

研究の多くは限られた症例で行われており、薬以外の要因も精子に影響を与えます。抗うつ薬を使用する方は、うつ症状による射精回数の減少や、活動量の低下、食事・睡眠リズムの乱れなど、別の要因でも精子の質が下がることがあります。つまり、「薬を飲んでいる=精子が悪くなる=妊娠しない」という単純な因果関係ではないのです。
また、メンタルの状態が不安定なまま薬を急にやめてしまうと、再発や不眠・不安の悪化を招くことがあり、結果的に妊活にも悪影響を及ぼします。
そのため、「薬をやめる・変える」ことを考える場合は、必ず精神科の主治医と相談してください。焦らず、安全に、両立できる方法を探すことが大切です。
薬を飲んでいても妊娠に至れば大きな問題ないと考えます。なかなか妊娠しない方や、IVFやICSIの結果が芳しくない方は、男性不妊外来の診察を受け、精索静脈瘤やホルモンの検査、場合によっては精子のDNA損傷の検査を受けてもいいと思います。それでも原因がはっきりしなければ精神科の担当医と相談の上、薬の変更を検討すればいいと考えます。

他の原因もありうるし、対策も取りようがある

精神科の薬を服用しているからといって、「妊娠できない」「子どもに悪影響が出る」と決まっているわけではありません。現時点では、胎児や次世代への影響もまだ明確ではない部分が多いのが実情です。薬を上手に使いながら、心の安定を保ちつつ妊活を続けることが、最も現実的で安全な方法です。
禁煙・節酒・睡眠の改善・運動などの生活習慣を整えることは、精子の質を改善する可能性があります。抗酸化サプリメント(コエンザイムQ10やレスベラトロールなど)を併用することも有用かも知れません。


心と体のバランスをとって妊活しましょう

精神科や心療内科で処方される薬の一部は、精子のDNAや運動性に影響を与える可能性があることがわかっています。しかし、それはあくまで一部の薬や条件下での話であり、「薬=不妊」ではありません。むしろ、心の状態を安定させることが妊活の第一歩です。
薬を止めて寝れなくなったり、活動量が減ってしまったりすれば痛し痒しです。焦らず、主治医と連携しながら、心と体の両方を整える妊活を目指しましょう。それらのご相談も当院男性不妊外来では受け付けております。


参考文献

  1. Tanrikut C, et al. Fertil Steril. 2010;94(3):1021-1026.

  2. Akasheh G, et al. Urology. 2014;83(6):1333-1337.

  3. Rahban R, et al. Hum Reprod. 2021;36(8):2240–2251.

  4. Revenig L, et al. Transl Androl Urol. 2014 Mar;3(1):41-9.

  5. Xu J, et al. Syst Rev. 2022;11(1):54.

  6. Yland JJ, et al. Fertil Steril. 2021;115(3):612–621.

  7. Alsabhan JF, et al. Andrology. 2024;12(3):410–419.

  8. Punjani N, et al. Andrology. 2021;9(6):1869–1878.

  9. Mazzilli R, et al. Front Pharmacol. 2021;12:722890.

  10. Baumgartner A, et al. Mutat Res. 2001;490(2):131–137.

  11. Karimi M, et al. J Basic Clin Physiol Pharmacol. 2025;36(1):29–37.


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診療科目:婦人科・泌尿器科(生殖補助医療)

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