コラム 2025.11.12
近ごろ、「NMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)」という成分がSNSなどで話題になっています。曰く、「若返りの物質」「ミトコンドリアを元気にする」などの言葉とともに、アンチエイジングや不妊治療への応用が注目されています。男性不妊の分野でも「NMNが精子を若返らせるのでは?」という期待が高まっていますが、実際のところはどうなのでしょうか?
NMNは、ビタミンB3(ナイアシン)から作られる物質で、体内で「NAD⁺(ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)」という補酵素に変換されます。NAD⁺は細胞のエネルギー代謝やDNA修復、老化防御に関わる重要な物質で、加齢やストレスによって減少することが知られています。
NMNのサプリを摂ることで体内のNAD⁺を増やし、細胞の活力を高めるという理屈から、「若返り物質」として注目されているようです。
では男性不妊に対してはどのような影響が報告されているでしょうか。
いくつかの動物実験では、NMNを投与することで精子数や運動率が改善したという報告があります。糖尿病モデルマウスでは、NMN投与によって精巣の酸化ストレスが軽減し、精子形成が回復したとの報告があります。1)
また、豚にNMNを添加した飼料を与えた実験では、精液量や精子の運動速度が上がったという結果も得られています。2)
こうした報告から、「NMNがミトコンドリア機能を助け、酸化ストレスを抑えることで、精子に良い影響を与える可能性がある」と考えられています。
一方で、人間で同様の効果が確認されたわけではありません。現時点で人間を対象にした信頼性の高い臨床試験はほとんどなく、報告されているものは動物実験レベルのデータです。
さらに、人間の精子を調べた研究では、精子の細胞内のNAD⁺の濃度が高いほど精子の運動率が低く、DNA損傷(断片化)が多かったという結果もあります。この結果には様々な仮説が考えられますが、今のところはっきりしたものはありません。
つまり、NAD⁺が多ければ良いという単純な話ではなく、過剰な代謝活性がかえって酸化ストレスを増やす場合もあるのです。3)
また、NMNサプリメントは医薬品ではないため、品質・含有量・安全性がメーカーによって大きく異なります。「NMN=安心で効果的」とは限らない点に注意が必要です。
NMNと同じように「抗酸化作用」を期待して使われる成分に、コエンザイムQ10(CoQ10)やレスベラトロールがあります。これらはNMNよりも長く研究されており、ヒトでのデータも少しずつ蓄積しています。
● コエンザイムQ10(CoQ10)
CoQ10はミトコンドリア内でエネルギーを作り出す重要な補酵素で、抗酸化作用も持ちます。複数の臨床研究で、CoQ10を摂取した男性では精子の運動率や形態が改善したという報告があり、特に「原因不明(特発性)」の男性不妊においては一定の効果が期待できるとされています。4)
● レスベラトロール
赤ワインやブドウの皮、虎杖の根に含まれるポリフェノールの一種で、細胞の酸化ストレスを軽減する働きがあります。実験的には、精子DNAの損傷を減らし、運動率を改善する可能性が報告されています。5)
さらに、レスベラトロールは「サーチュイン遺伝子」と呼ばれる長寿関連遺伝子を活性化することでも知られており、生殖細胞の老化予防に関しても関心が高まっています。
こうした成分には魅力的な報告もありますが、いずれも「主治療」ではなく「補助療法」としての位置づけです。サプリメントだけで妊娠率が上がるという証拠はほとんどなく、あくまで生活習慣の改善や適切な治療と組み合わせて使うことが大切です。より良いエビデンスを持つものは精索静脈瘤の治療など医学的なものが主です。
また、毎回書いていますが、禁煙・節酒、適度な運動、睡眠とストレス管理、熱暴露(サウナや長時間座位)の回避など、基本的な生活改善あってのサプリになります。
NMNは「若返り」「ミトコンドリア活性化」といった魅力的な響きを持つ新しい成分ですが、精子や男性不妊への効果については、まだ明確なエビデンスがありません。
「新しいものだから良い」とは限りません。確かなデータに基づき、自分に合った方法を見極めることが、妊活を前向きに進める一番の近道です。
1) Ma et al., 2023
2) Zhang et al., 2024
3) Wu et al., 2022
4) Lafuente et al., 2013
5) Mongioì et al., 2021
診療科目:婦人科・泌尿器科(生殖補助医療)
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