コラム 2026.10.07
最近睡眠の話が盛り上がっています。筑波大の柳沢教授がオレキシンの発見により、アルバート・ラスカー基礎医学研究賞を受賞されました。本当に素晴らしい研究だと思います。一方でショートスリーパーの話題も盛り上がっていて、睡眠を意識する方が増えたのではないでしょうか。
妊活というと、食事、運動、飲酒、喫煙などの生活習慣を気にする方は多いと思います。一方で、意外と見落とされやすいのが「睡眠」です。近年、睡眠時間と精子の状態、男性ホルモン、さらには妊娠する確率やIVF・ICSIの成績との関連を調べた研究が増えてきました。
昨今の風潮はやはり睡眠は長くとるほうが体によさそうという感じです。妊活に対する睡眠時間は、睡眠は長ければ長いほど良いわけではなく、短すぎても長すぎても好ましくない可能性があります。ただし、日本人は睡眠時間が短い傾向にあるため、30代前後の方からすると、これらの研究のちょうどいい時間はずいぶん寝ているなといった感じを受けるかもしれません。
睡眠と男性不妊について、比較的多く研究されているのが精液所見です。
中国で行われた研究では、睡眠時間と精液量・総精子数の間に「逆U字型」の関係が認められ、7~7.5時間程度眠る男性で精液量や総精子数が最も良好でした。睡眠が6.5時間以下の場合だけでなく、9時間を超える場合にも精液所見が低下する傾向がみられています。[1]
また842人の男性から5,601回の精液検査を行った研究では、夜間睡眠が6時間未満の男性では、7.5~8時間の男性と比較して総運動率、前進運動率が低いことが報告されています。[2]
さらに2026年に『Human Reproduction』に発表された北米の研究でも、短すぎる睡眠と長すぎる睡眠の双方が、精子濃度、総精子数、総運動精子数の低下と関連していました。[3]
つまり、現在の研究を総合すると、「極端な短時間睡眠を避け、7~8時間程度を一つの目安として規則的に眠る」ことは、男性の生殖機能という点からも理にかなっていると考えられます。
他のコラムでもよく話題にしますが、精子のDNAの損傷(DFI)はどうでしょう。酸化ストレスなどによって精子DNAが損傷するとDFIが高くなり、自然妊娠や一部の生殖補助医療の成績に影響する可能性があります。
では、睡眠不足でDFIは上昇するのでしょうか。実はここは、まだ結論が出ていません。796人の若年男性を調べた研究では、睡眠時間と精子クロマチンの成熟度には関連がみられたものの、DFIそのものとは明らかな関連を認めませんでした。[4]
別の1,055人の若年男性の研究でも、推奨範囲から外れた睡眠時間と精子クロマチン成熟度を示す指標との関連はみられましたが、睡眠時間から直接「DFIが高くなる」とまでは証明されていません。[5]
したがって現時点では、睡眠不足が精子数や運動率に影響する可能性はみられますが、DFIとの直接的な関連については今後の研究が必要と考えるのが適切です。
精液所見の変化も重要ですが、最終的に重要なのは「妊娠につながるか」です。
北米の1,176組のカップルを追跡した研究では、男性が1日8時間眠っている場合と比較して、6時間未満の男性では1周期あたりの妊娠成立確率(fecundability)が約38%低いという結果が報告されています。[6]
女性については結果がやや複雑です。6,873人の女性を追跡したPRESTO研究では、睡眠時間そのものと妊娠成立率との関連は男性ほど明瞭ではありませんでした。[7]
これらの研究は片方の因子で調査していますが、生活習慣というたくさんの要素がかかわりあっているため、睡眠時間だけでくくるのはなかなか難しいと考えます。しかしながら、睡眠時間の短い人の習慣、長い人の習慣を見直したときに、もしかすると妊活を成功させる因子が隠れているのかもしれません。妊娠は男女双方の要因によって成立するため、夫婦ともに睡眠を含めた生活習慣を整えることが重要です。
ARTの成績についても研究されています。
男性のデータはまだあまり多くありません。しかし、男性の睡眠状態もARTの成績に関係する可能性が報告されています。
ARTを受けた282組のカップルを対象とした研究では、男性の睡眠状態をPSQI(Pittsburgh Sleep Quality Index)という質問票で評価したところ、睡眠状態が良好な男性では受精率が67.4%であったのに対し、睡眠状態が悪い男性では60.1%と有意に低下していました。また、睡眠状態が悪いほど出生率が低下する関連も認められました。一方で、良好胚率、着床率、臨床妊娠率、流産率については明確な差を認めていません。[8]
女性の因子の研究では、1,276人の女性を対象とした前向き研究で、夜間睡眠が7時間未満の場合、採卵数や得られる胚の数が少ない傾向がみられました。[9]
また3,183人の女性を対象とした研究では、睡眠状態が良好な女性は、そうでない女性と比較して臨床妊娠率が69.3%対65.1%、出生率が50.5%対45.7%であり、交絡因子を調整した解析でも良好な睡眠状態と臨床妊娠・出生との関連が認められました。ただし、この研究では睡眠時間そのものと治療成績には明らかな関連を認めませんでした。[10]
男性の睡眠とART成績を直接検討した研究はまだ少なく、「睡眠時間を何時間確保すればIVFやICSIの成功率が上がる」と結論づけることはできません。ただし、短時間睡眠が精子数や運動率の低下、自然妊娠率の低下とも関連していることを考えると、ARTを行っているカップル両者において、十分な睡眠を確保することは重要な生活習慣の一つと考えられます。
これらの研究での睡眠時間は、短くても5~6時間です。いわゆる最近話題のショートスリーパーのような3時間を切るような睡眠時間ではありません。日本人にとっては少したっぷり眠るくらいの感覚がいいと思います。
ただ、妊活中だからといって睡眠時間を細かく管理し、かえってストレスを感じる必要はありません。しっかり疲れをとって、いつもより少し早く床につくというのがいいのではないでしょうか。精子は短期間で作られるものではなく、精子形成には約2~3か月を要します。精液所見を改善したい場合も、数日だけ生活を変えるのではなく、数か月単位で生活習慣を整えることが大切です。
Chen Q, et al. Sleep. 2016.
Chen HG, et al. Environ Int. 2020.
Coleman CM, et al. Hum Reprod. 2026.
Wang X, et al. J Sleep Res. 2018.
Gaml-Sørensen A, et al. Andrology. 2024.
Wise LA, et al. Fertil Steril. 2018.
Willis SK, et al. Fertil Steril. 2019.
Du CQ, et al. Nat Sci Sleep. 2022.
Yao QY, et al. Hum Reprod. 2022.
Liu Z, et al. Fertil Steril. 2023.
診療科目:婦人科・泌尿器科(生殖補助医療)
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