2026.10.21
前回のコラムでは、睡眠時間と精液所見、DFI、妊娠率、ART成績との関係について紹介しました。今回はその続きとして、睡眠時間が男性ホルモンと性機能にどのような影響を与えるのかをみていきます。
男性の生殖機能は、脳の視床下部からGnRHが分泌され、それを受けた下垂体からLHとFSHが分泌され、精巣が反応する「視床下部―下垂体―精巣系」によって調節されています。LHはLeydig細胞を刺激して男性ホルモンであるテストステロンを作り、FSHはSertoli細胞を介して精子形成を支えます。さらに、E2(エストラジオール)やPRL(プロラクチン)も性欲や性機能、生殖機能に関係しています。
実は睡眠は、このホルモン系とかなり深くつながっています。
男性のホルモンの中で、睡眠との関係が最もよく研究されているのがテストステロンです。健康な若年男性では、テストステロンは眠り始めると上昇し、最初のREM睡眠の前後で高値となり、その後、起床するまで比較的高い状態が続きます。[1] 一般的にテストステロン日内変動して朝が高いといわれますが、単純に「朝だから高い」というだけではなく、睡眠そのものの影響を強く受けています。有名なのがJAMAに報告された研究です。健康な若年男性10人を、1週間にわたって1日5時間程度の睡眠に制限したところ、日中のテストステロン値は十分に睡眠をとった時と比較して約10~15%低下しました。同時に活力(vigor)も低下しています。[2]
18研究、252人をまとめたメタ解析では、一時的に寝不足になるだけの睡眠制限ではテストステロン低下は統計学的に明確ではありませんでした。一方で、24時間以上まったく眠らない完全な断眠では、テストステロンは明らかに低下していました。[3]
つまり、普通の寝不足よりも、極端な短眠や徹夜をしたり、長期間睡眠不足が続くことが男性ホルモンへの影響を起こしやすいと考えられます。
興味深いのは、睡眠不足でテストステロンが低下しても、LHやFSHが同じように低下するとは限らないことです。LHは精巣を刺激してテストステロンを作らせるので、LHが下がることでテストステロンが下がるという考え方もあります。しかしながら、若年男性と高齢男性を一晩完全に断眠させた研究では、テストステロンの平均濃度、総分泌量、パルス状分泌などが低下しましたが、24時間全体でみたLHには明らかな変化を認めませんでした。[4]
また、24~48時間断眠させた小規模研究でも、テストステロンやDHTなどのアンドロゲンは低下した一方、LHとFSHには明確な変化を認めませんでした。[5]
つまり、睡眠不足によるテストステロン低下はLHに依存したものではない可能性が高いです。睡眠に伴うテストステロンの分泌リズムや、精巣のLeydig細胞の反応など、複数の要素が関係していると考えられています。
FSHは精巣に精子を作らせるホルモンですが、数日程度の睡眠不足では大きな変動を認めない研究が多く、慢性的な短時間睡眠がFSHを介して精子形成にどの程度影響するのかは、まだ十分にわかっていません。
PRLは睡眠との結びつきが比較的強いホルモンです。プロラクチンは乳汁分泌ホルモンであり、男性でも高くなると胸が大きくなったり、乳汁が出たりします。あまり高くなると精子や男性ホルモンの形成を邪魔するので、極端に高い場合は治療が必要です。しかし、睡眠や食事などで変動することが分かっており、ドグマチール(スルピリド)などの抗うつ薬を内服するとで上昇することがあります。健康な男性では、PRLの分泌は睡眠開始後に増加し、覚醒すると分泌が速やかに低下します。[6]
睡眠時間を4~4.5時間程度に制限した実験では、単純な睡眠時間だけでなく、「夜のどの時間帯に眠ったか」によって結果が異なることもわかっています。例えば、健康な若年男性を4時間睡眠にした研究では、遅い時間に眠り始め、夜の後半に睡眠を確保した場合にはLH、テストステロン、PRLに大きな変化を認めませんでした。一方、早めに眠って夜の後半を起きて過ごした4.5時間睡眠や完全な徹夜では、朝のテストステロンとPRLが低下しました。[7]
逆に48時間の断眠でPRLが上昇した古い研究もあり、PRLについては「寝不足なら必ず上がる」「必ず下がる」とは言えません。[5]
高PRL血症は性欲低下、ED、性腺機能低下の原因になりますが、これらの短時間睡眠で精子形成や男性ホルモンなどに影響する様な極端な変化はないと考えていいと思います。
男性にも女性ホルモンであるE2は存在し、その多くはテストステロンがアロマターゼによって変換されることで作られます。E2が上がりすぎるとやはりEDや男性不妊の原因になります。
24~48時間断眠させた研究では、テストステロンとともにE2も低下していました。[5]
また、531人のアジア人男性を対象とした研究では、睡眠時間が長いほど総テストステロンとbioavailable testosteroneが高い関連を認めましたが、睡眠時間とE2には明らかな関連を認めませんでした。[8]
したがって現時点では、短時間睡眠によってテストステロンが減ってE2もともに下がっていく可能性はありますが、E2だけが上がってしまうということはない考えます。
睡眠不足によりホルモン値特にテストステロンは変動することがあることが分かりました。ではテストステロンがさがるとどうなるのでしょう。
性欲が低下する可能性がありますし、睡眠不足そのものによる疲労、集中力低下、ストレス、自律神経の変化なども性機能に影響すると考えられます。さらに男性では、REM睡眠中に生理的な勃起が繰り返し起こります。いわゆる夜間睡眠時勃起です。この定期的な勃起が勃起機能を維持するのに重要という考えもあります。睡眠時間が極端に短くなれば、REM睡眠を含めた正常な睡眠構造を十分に確保できなくなり、夜間の勃起が減る可能性があります。2023年に43研究をまとめたメタ解析では、短い睡眠時間は性機能障害と有意に関連していました。[9]
また、ED患者107人と健常男性72人を比較した研究では、ED群では総睡眠時間だけでなく、深睡眠やREM睡眠の時間も短いことが報告されています。[10]
ただし、これらは「睡眠時間を短くする→EDになる」という因果関係を証明した研究ではありません。睡眠が浅い原因として、肥満、ストレス、運動不足、心血管系の問題などがあり、睡眠とEDの両方に影響している可能性もあります。
前回のコラムでも触れましたが、最近は「ショートスリーパー」という言葉をよく耳にします。しかし、医学研究で検討されている短時間睡眠の多くは4~5時間程度です。前述しましたが、5時間睡眠を1週間続けた実験ではテストステロンが約10~15%低下し、4.5時間睡眠や完全な徹夜では朝のテストステロンやPRLが低下することが示されています。[2,7] 一方で、4時間睡眠を2晩行ってもホルモン値に明らかな変化を認めなかった研究もあります。[7]
つまり、「○時間以下なら男性ホルモンが必ず崩れる」という境界線があるわけではありません。しかし、毎日3時間前後しか眠らないような極端な短眠を長期間続けても安全であることを示した医学的データはほとんどありません。現代医学では睡眠を削ることは基本的には体に大きな負担をかけると考えています。今回のデータから少なくとも男性ホルモンや性機能という観点からは、極端な短眠を積極的に勧める根拠はないと考えます。妊活中の男性では、精液所見だけでなく、性欲や勃起機能、そしてホルモン環境も重要です。
「8時間寝ればテストステロンが上がる」「7-8時間寝ないと精子が悪くなる」と考えて睡眠時間に神経質になる必要はありません。しかし、慢性的に5時間を切るような生活をしている場合には、まず睡眠時間を確保することも男性不妊治療における生活習慣改善の一つとして考えてよいのではないでしょうか。
Luboshitzky R, et al. J Androl. 1999.
Leproult R, Van Cauter E. JAMA. 2011.
Su L, et al. Sleep Med. 2021.
Liu PY, et al. Sleep. 2020.
González-Santos MR, et al. Arch Androl. 1989.
Spiegel K, et al. Sleep. 1994.
Schmid SM, et al. Clin Endocrinol. 2012.
Goh VHH, Tong TYY. J Androl. 2010.
Dilixiati D, et al. J Sex Med. 2023.
Wu X, et al. J Sex Med. 2022.
診療科目:婦人科・泌尿器科(生殖補助医療)
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