コラム 2026.11.04
睡眠シリーズで3回目です。
これまでのコラムでは、睡眠時間が精液所見や妊娠率、男性ホルモン、性機能に関係する可能性について紹介してきました。では、「眠れないので睡眠薬を飲んでいる」という場合はどうでしょうか。男性不妊外来でも睡眠薬を内服している患者さんは珍しくありません。「睡眠薬を飲んでいると精子に悪いですか?」「EDの原因になりますか?」と聞かれることもあります。
一口に睡眠薬といっても作用はかなり異なります。一般的に使用される睡眠薬は、古典的なベンゾジアゼピン系、マイスリーやルネスタなどのベンゾジアゼピン系ではないけれど、ベンゾジアゼピンに類似した作用を持ついわゆるZ薬、覚醒作用を持つオレキシンをブロックするオレキシン受容体拮抗薬、睡眠ホルモンであるメラトニンに働きかけるメラトニン受容体作動薬など、よく使用されるものを別々にみてみましょう。
ベンゾジアゼピン系薬剤はGABA-A受容体の働きを強め、脳の活動を抑えることで不安を軽減し、眠りやすくします。かなり昔から使われている睡眠薬で比較的長く効きます。代表的なものとしてはレンドルミン(ブロチゾラム)、デパス(エチゾラム)などがあげられたくさんの種類があります。
この系統の薬は男性不妊という点では少し注意が必要です。
2026年に発表されたレビューでは、動物実験や基礎研究を中心に、ベンゾジアゼピン系薬剤によってテストステロン産生の低下、精子運動性の低下、精巣内の酸化ストレス増加などが起こる可能性が指摘されています。[1] さらに、向精神薬を使用している不妊男性を調べた研究では、ソラナックス(アルプラゾラム)などのベンゾジアゼピンが精液中にも移行することが確認されています。[2]
ただし、ここで大切なのは、あくまで動物実験で、人間では想定されない量の薬を投与されているということです。そのため、安全域で使用する場合、人間でベンゾジアゼピンを服用すると妊娠や女性側に影響があると証明されているわけではないことです。男性不妊に関する臨床データはまだ非常に少ないのが現状です。
一方、性機能についてはベンゾジアゼピンでは性欲低下や勃起障害(ED)が報告されており、GABAを介した中枢神経抑制が勃起反応を抑える可能性があります。[3]
そしてベンゾジアゼピン系で最も注意したいのは、長期使用による耐性、身体依存、離脱症状です。長期間内服している薬を突然中止すると、反跳性不眠、不安、振戦などが起こることがあり、自己判断で急に中止するべきではありません。[4]
マイスリー(ゾルピデム)、ルネスタ(エスゾピクロン)などは、ベンゾジアゼピンそのものではありませんが、同じGABA-A受容体のベンゾジアゼピン結合部位に作用します。「非ベンゾジアゼピン系」「Z薬」と呼ばれます。短時間で効果があり、比較的よくつかわれる薬です。しかしながらよく使用されるゾルピデムについても、男性の精液所見や妊孕性を直接調べたヒト研究がほとんどありません。 動物の生殖試験では、非常に高用量を投与しても雄ラットの妊孕性そのものへの明確な悪影響は認められていません。[5]
一方、エスゾピクロンでは、ラットに高用量を投与すると精子数や運動率の低下、形態異常精子の増加が認められています。ただし、やはり用量は臨床で使用する量よりかなり高く、人間の通常使用で同様のことが起こるというデータはありません。[6]
性機能についても、ゾルピデムやエスゾピクロンが直接EDを起こすという質の高いデータは乏しいのが現状です。
妊娠についてはあまり気にかけるデータはありませんでしたが、依存については注意が必要です。非ベンゾジアゼピンだから依存しないというわけではありません。ゾルピデムやゾピクロンでも長期使用での耐性、依存、離脱症状が報告されています。[7]
最近使用が増えているのが、ベルソムラ(スボレキサント)、デエビゴ(レンボレキサント)、さらにクービビック(ダリドレキサント)などのオレキシン受容体拮抗薬です。オレキシンは脳を覚醒状態に保つ物質なので、その働きを抑えることで眠りを促します。GABAを直接増強するベンゾジアゼピン系やZ薬とは作用機序が大きく異なります。男性不妊については、現在のところヒトの精子を詳しく調べた研究はほとんどありません。一方、動物試験では、レンボレキサントは臨床用量を大きく上回る曝露でも雄ラットの妊孕性に影響を認めず、ダリドレキサントについても雄ラットの妊孕性への明らかな影響は認められていません。[8,9]
したがって現時点では、オレキシン受容体拮抗薬が男性の精子形成を明らかに障害するという根拠はありません。
依存性については、ベンゾジアゼピン系やZ薬とは異なり、レンボレキサントなどでは身体依存や離脱を示唆する所見が少なく、実臨床での乱用リスクも比較的低いと考えられます。[10]
メラトニンは睡眠と体内時計を調節するホルモンですが、実は精液中にも存在し、精子にもメラトニン受容体があります。基礎研究では、メラトニンには抗酸化作用があり、精子の運動性やミトコンドリア機能を維持し、酸化ストレスによる精子DNA損傷を抑制する可能性が報告されています。
一方、健康な男性8人にメラトニン3 mgを6か月間投与した小規模研究では、6人には変化がなかったものの、2人で精子濃度と運動率の低下が認められました。そのため、メラトニンを内服すれば精子が良くなるとまでは言えません。
メラトニンのサプリはありますが、睡眠薬としては通常使用しません。ロゼレム(ラメルテオン)が代表的でメラトニンMT1・MT2受容体に作用する薬剤です。動物試験では非常に高用量を投与しても雄の精子の質や生殖能力への影響は認められていません。ラメルテオンを6か月間投与した比較試験では、男性のLH、FSH、総テストステロン、遊離テストステロンに一貫した変化は認められませんでした。[11] 女性では軽度のPRL上昇がみられましたが、男性では明らかな生殖内分泌への影響は示されていません。また、依存性や乱用の可能性もベンゾジアゼピン系より低いと考えられています。[12]データは少ないですが、現時点では男性不妊という観点では比較的安心感のある薬剤と考えられます
5-HTP(5-hydroxytryptophan)はセロトニンやメラトニンの前駆物質ですが、日本で一般的に処方されている「睡眠薬」の一群ではありません。サプリメントとして利用されることがありますが、男性の精液所見や妊孕性について信頼できるヒトデータはほとんどありません。
一方、セロトニンに作用する薬という広い意味では、抗うつ薬の一部が比較的よくつかわれています。これについてはまた別途書きたいと思います。
「睡眠薬が精子に悪いかもしれないから、妊活中は全部やめる」という考え方はおすすめできません。前回までに紹介したように、睡眠不足そのものがテストステロン、精液所見、性機能に悪影響を与える可能性があります。薬を中止してほとんど眠れなくなれば、かえって妊活にはマイナスになる可能性があります。
現時点でのデータから考えると、睡眠薬の使用はやや中止すべきですが、そこまで大きな問題はなさそうです。不妊については全体的にデータは少なく、新しい薬はわからないこともあります。性機能については悪いと思う人にはオレキシン系かメラトニン系のほうが良い印象です。
妊活中に睡眠薬を飲んでいる場合、薬を怖がって突然中止することはお勧めできません。症状や治療の状況を踏まえて現在必要な薬を主治医と一緒に見直すことが、男性不妊という観点からも重要なのではないでしょうか。
Ferreira A, et al. J Appl Toxicol. 2026.
Laganà AS, et al. Front Psychiatry. 2021.
Abdollahpour I, et al. Rev Int Androl. 2021.
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Zolpidem prescribing information.
Eszopiclone prescribing information.
Hajak G, et al. Addiction. 2003.
Lemborexant prescribing information.
Daridorexant prescribing information.
Landry I, et al. Psychopharmacology. 2023.
Richardson G, et al. Hum Psychopharmacol. 2009.
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Beeder LA, Samplaski MK. Andrology. 2020.
診療科目:婦人科・泌尿器科(生殖補助医療)
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