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医療コラム

論文紹介 2026.10.14

2個胚移植と多胎妊娠が増えている?


2個胚移植と多胎妊娠が増えている?

保険診療で「胚を複数戻す」ケースは増えた?

2022年4月から、日本では体外受精・顕微授精を含む不妊治療の多くが保険適用となりました。患者さんの経済的負担が軽くなり、治療へアクセスしやすくなったことは大きな利点です。一方で、保険診療には年齢に応じた胚移植回数の上限があり、その制度設計が「1回の移植で妊娠したい」という気持ちを強め、複数の胚を移植する選択に影響している可能性が指摘されています。

今回は、2026年にReproductive Medicine and Biology誌に発表された、「日本の保険適用前後で複数胚盤胞移植と多胎妊娠がどのように変化したか」を検討した研究をご紹介します。

今回紹介する論文

Fukuda A, Matsumoto H, Tsuji I, Fujioka S, Morimoto Y.
Positive and Negative Aspects of Public Insurance Coverage on ART With Respect to Multiple Gestation in Japan.
Reproductive Medicine and Biology. 2026;25:e70078.
doi:10.1002/rmb2.70078

 

まず、保険診療の「回数制限」を確認

体外受精などの保険診療では、治療開始時の女性年齢が43歳未満であることが要件です。胚移植は、初回治療開始時が40歳未満では1子ごとに通算6回まで、40歳以上43歳未満では1子ごとに通算3回までとされています。

出典:厚生労働省「令和4年4月から、不妊治療が保険適用されます」

この研究では何を調べた?

大阪の1つの不妊治療施設で、2020年1月〜2025年2月に行われた胚盤胞移植を後ろ向きに解析した研究です。保険適用前の2,764周期と、保険適用後に保険診療として行われた4,326周期、合計7,090周期が解析対象となりました。

この研究では、2個以上の胎嚢が確認された場合を「多胎妊娠」と定義しています。また、初期胚移植や二段階胚移植は除外され、胚盤胞移植に絞って検討されています。

研究施設では、研究期間を通じて単一胚移植(1個の胚を移植すること)を第一選択とする方針は変更していなかったとされています。そのうえで、日本産科婦人科学会の見解に沿い、年齢やこれまでの治療回数などを考慮して2胚移植を選択する場合がありました。

結果:保険適用後、複数胚盤胞移植と多胎妊娠が増加

保険適用前後を単純に比較すると、複数胚盤胞移植率は5.8%から20.1%へ、多胎妊娠率は0.7%から2.6%へ上昇しました。割合としては、それぞれ約3.5倍、約3.7倍です。

項目 保険適用前 保険診療下
複数胚盤胞移植率 5.8% 20.1%
臨床妊娠率 41.9% 46.4%
多胎妊娠率 0.7% 2.6%

Fukuda A, et al. Reprod Med Biol. 2026;25:e70078. Table 1をもとに作成

ただし、ここは重要な注意点です。保険診療下の患者さんは平均年齢がやや若く(36.5±4.2 vs 35.8±4.2)、良好胚盤胞を移植した割合も高いなど、保険適用前と患者背景が同じではありません。したがって、臨床妊娠率が41.9%から46.4%へ上昇したことをもって、「複数胚移植を増やしたから妊娠率が上がった」と解釈することはできません。

患者背景などを調整した解析では、保険診療下で複数胚盤胞移植を選択するオッズは保険適用前の6.59倍でした(95%信頼区間5.19–8.36)。この結果は、保険適用後に移植胚数の選択が大きく変化した可能性を示しています。

年齢が高いほど、保険適用後の変化は大きかった

保険適用後の複数胚盤胞移植率は、35歳未満で12.0%、35〜39歳で19.1%、40〜43歳で35.0%でした。保険適用前はそれぞれ5.5%、5.5%、7.0%であり、特に40歳以上の群で大きな増加がみられました。

年齢別の調整解析でも、保険適用と複数胚盤胞移植との関連は、35歳未満、35〜39歳、40〜43歳と年齢が上がるほど強くなっていました。著者らは、妊娠率が年齢とともに低下することに加え、治療開始時40歳以上43歳未満では保険で利用できる胚移植回数が1子ごとに3回に限られることが、1回ごとの妊娠可能性をより強く意識させる背景になっている可能性を指摘しており、これは普段の治療の現場でも強く感じる点になります。

Fukuda A, et al. Reprod Med Biol. 2026;25:e70078. Table 5のデータをもとに作成

さらに注目されるのが、保険診療での胚移植回数が重なるほど複数胚盤胞移植率が上昇していた点です。この解析では採卵時年齢で層別化され、40歳未満では初回の4.4%から6回目には74.6%へ、40〜42歳では初回の15.0%から3回目には72.6%へ上昇していました。

Fukuda A, et al. Reprod Med Biol. 2026;25:e70078. Table 5のデータをもとに作成

多胎妊娠率も同様に、40歳未満では初回1.1%から6回目11.1%へ、40〜42歳では初回0.5%から3回目6.2%へ上昇していました。この傾向は統計学的にも有意でした。

多胎妊娠の増加は「保険そのもの」より「複数胚移植」を介した可能性

この研究で非常に重要なのは、多胎妊娠の解析です。複数胚盤胞移植を調整しない解析では、保険診療は多胎妊娠と有意に関連していました。しかし、複数胚盤胞移植を解析に加えると、保険診療そのものと多胎妊娠との関連は統計学的に有意ではなくなりました(調整オッズ比1.46、95%信頼区間0.847–2.51、p=0.172)。

一方、複数胚盤胞移植は多胎妊娠と極めて強く関連していました(調整オッズ比61.2、95%信頼区間33.8–110.8)。つまりこの論文では、保険適用後に多胎妊娠が増えた背景には、保険適用が直接多胎妊娠を増やしたというよりも、保険診療下で複数胚移植を選択する機会が増えたことが関与している可能性を示唆しています。

なぜ、多胎妊娠をできるだけ避けるのか?

双胎を含む多胎妊娠は、単胎妊娠と比べて早産、低出生体重、妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病、分娩時出血、帝王切開などのリスクが高くなることが知られています。上記のような母児の健康面はもちろんですが、東北地方などでは多胎妊娠を取り扱うことのできる分娩施設が決して多くないという地域事情から、妊娠したのは良いけれども、ご希望の施設で分娩ができず、遠方への通院や長期入院の可能性なども十分にありえます。そのため、生殖医療は単に「妊娠反応を陽性にすること」ではなく、母体と赤ちゃんの安全を保ちながら健康な児の出生につなげることが重要となります。

日本産科婦人科学会も、移植胚数は原則1個とし、年齢や治療回数などを考慮して2個までを許容する考え方を示しています。2個移植には、1回の治療機会を大切にしたいという患者さんの希望が背景にある一方、多胎妊娠という明確なリスクとのバランスを考える必要があります。

 

この研究を読むときの注意点

今回の結果は非常に示唆的ですが、「保険の回数制限が複数胚移植を増やした」と因果関係を証明した研究ではありません。

第一に、1施設の診療データを用いた後ろ向き研究であり、日本全国のすべての施設に同じ傾向があるとは限りません。第二に、保険適用前後で患者年齢、治療歴、良好胚盤胞の割合などが異なっています。第三に、解析対象は胚盤胞移植に限られ、初期胚移植などは含まれていません。また、多胎妊娠は胎嚢数で評価されており、最終的な多胎出生率や周産期予後までは検討されていません。個人的には、単一胚移植と比べて、複数胚移植をすることで妊娠率がどのくらい上昇するかが気になるところですが、この論文ではその点は言及されていません。

 

まとめ:保険診療のメリットを活かしながら、安全な単胎妊娠を目指す

不妊治療の保険適用は、患者さんの経済的負担を軽減し、より早い段階から治療を受けやすくしたという大きな意義があったと感じています。

一方、今回の研究は、年齢別の回数制限という制度の仕組みが、意図せず「1回の移植で結果を出したい」という心理や診療上の判断を強め、複数胚移植の選択につながる可能性を示しました。特に、保険で利用できる移植回数の上限に近づくほど、その傾向が強くみられました。

ただし、2個移植を行うかどうかは、年齢だけで決めるものではなく、これまでの胚移植回数、胚の状態、妊娠・分娩歴、多胎妊娠となった場合の母体・児のリスクなどを踏まえて個別に判断する必要があります。

体外受精のゴールは「1回でも早く妊娠すること」だけではなく、母体と赤ちゃんの安全を守りながら、健康な母児の出産につなげることです。限られた治療機会をどのように使うか迷う場合には、1回あたりの妊娠可能性だけでなく、多胎妊娠のリスクも含めて担当医へ十分に相談することが大切です。

 

参考文献・資料

  1. 厚生労働省. 「令和4年4月から、不妊治療が保険適用されます」. 年齢・回数の要件:治療開始時43歳未満、40歳未満は1子ごとに通算6回、40歳以上43歳未満は1子ごとに通算3回.
  2. 日本産科婦人科学会. 「生殖補助医療における多胎妊娠防止に関する見解」およびART関連提出書類に関する確認書(移植胚数は原則1個、年齢・治療回数を考慮し2個まで).

京野アートクリニック仙台

院長 笠原佑太


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